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金持ち大国や多国籍企業の都合で貸し付けられた途上国債務の帳消しを! 債務、世銀・IMF、ODA、南北問題など、翻訳モノを中心にテキトーにupします。

2017-08

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Democracy Now!はエイミー・グッドマン自らハイチに行き、精力的にレポートを送っています。

気になる記事はいっぱいあるんですが、とりあえずひとつ、翻訳してみました。
日本のデモクラシーナウ!ジャパンにはまったくお断りせず勝手訳してしまいました!すみません・・・

これはいつものことですが、どこかに引用されるなら、
必ず原文と照らし合わせてチェックの上、ご自分の責任でお願いします。

原文サイト

Journalist Kim Ives on How Western Domination Has Undermined Haiti’s Ability to Recover from Natural Devastation

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ジャーナリスト、キム・アイヴスが語る:
いかに西側支配がハイチが天災から回復する力を損なってきたか
   (Democracy Now!より)
2010年1月20日

本日早朝、ハイチがマグニチュード6.1の余震に見舞われた直後のポルトープランス空港から、エイミー・グッドマンとキム・アイブス(Haiti Liberté紙)によるレポートである。

エイミーとキムは、1804年に解放奴隷の共和国としてハイチが独立したことへの激しい対応から、2004年の米国が背後で糸を引いたジャン・ベルトランド・アリスティド大統領の亡命にいたるまで、何世紀にも渡る西側世界による支配が地震の被害をさらに悪化させたことについて議論する。

アイヴスは「この地震に、ワシントンを震源地とする政治的地震が追いかぶさっている」と言う。


アンジャリ・カマット:ポルトープランスのエイミー・グッドマンにマイクを戻します。
放送開始直前に彼女にアクセスできました。彼女は空港横の野原に立っています。空港では何百という救助団員がテントを立てています。


エイミー・グッドマン:私はいまポルトープランス空港の近くにいます。

足がちゃんと地面についているかどうか定かじゃないんですが、というのも、今朝6時ごろ放送のためにポルトープランスの自分たちの部屋を出ようとした瞬間、地面が揺れ始めたんです。

床も揺れて壁も揺れて。もうまさにその瞬間、すごいパニックでした。

家中のみんな、本当にみんな、何とか生き延びようと手当たり次第あったものをつかんで外に飛び出しました。

外では人々が互いに抱き合い、涙を流し、あるい安堵のため息をついていました。
だけど本当に、次の地震がいつ来るかまったくわからないのです。

私たちの家はまだ建っていましたが、ほかの家は?ハイチ中を破壊したあの地震でも壊れなかった家が、ちょっとした余震で崩れる可能性があるんです。

今朝、誰か怪我をした?誰か瓦礫に埋まっていない?毎日こんな質問が繰り返されています。

そしてポルトープランスの通りを歩くと、そこら中に死体がころがっています。その臭い。どこもかしこも死臭で満ちています。

昨日、病院の様子をお届けしましたが、その向かいの、病院の患者や医師が薬を取りにいく薬局はペチャンコ、完全に破壊されていました。

その建物は何階建てかだったんですが、人々がそばに立ち尽くしていました。

その様子から瓦礫の中に埋まってしまった人がいるとわかりました。薬剤師、医者、看護婦、薬を取りに来た患者などの客・・・ハエがそのあたり中を飛び回っています。

総合病院の向かいの路上で男の人が倒れていました。瓦礫の中を注意深くのぞくと、別の人の頭が見えます。そしてその指が・・その形がまるで這い出そうともがいていたかのようです。これが今のハイチです。

ここでキム・アイヴズに登場してもらいます。

私たちは一緒にハイチを見て回ってきました。キムはハイチ・リベルテ紙の記者で、今週ずっと私たちと一緒に動いてきました。彼はハイチに何年も住み、また海外とも行き来をして回っていました。

キムはずっと私たちと一緒にいたので“「デモクラシー・ナウ!」にようこそ”とは言えないんですが、ようこそデモクラシー・ナウ!の番組へ。

キム・アイヴス:ありがとう。エイミー。

グッドマン:この大災厄について話してください。

もちろんこれは天災ですが、この災厄はハイチという文脈でどのような意味を持つと思いますか?

私たちが今、目にしている荒廃のレベルは単に自然災害によるものだけではないでしょう。

アイヴス:君の言うとおり。

この地震の前から、ハイチは2000マイル北に離れたワシントンDCを震源地とする政治的・経済的地震に、24年間に渡って見舞われてた

まず1991年と2004年、13年の間を置いて2回のクーデターがあった。
これは米国が裏で糸を引いたものだ。米国は自分たちの傀儡を政権につけましたけど、彼らはハイチの人々によって権力の座から追い出された。

だけど、憲法がそれを禁じている国でのクーデターと、それに続く占領、外国軍による占領は徹底的に破壊的だった。

国の政府や国政にとってだけじゃなくて、地方政府や議会、市役所や地方議会にとっても。地方議会は常設の選挙委員会を選ぶことになっていた。

この選挙委員会は実現しなかった。暫定的なものしかできなかった

こうしてプレヴァルは、地震の直前に民主主義を踏みにじり、自分自身の暫定選挙委員会を設置した。そしてこの委員会は彼と彼の党の政治支配を許したんだ。

グッドマン:確認ですが、二つのクーデターとは、1991年と2004年のもので、どちらもジャン・ベルトランド・アリスティド大統領の放逐という結果に終わったものですね。

アイヴス:そう。

グッドマン:そしてこれらに米国が関与していると。

アイヴス:その通り。

アリスティドは、どちらの場合も、まさに米軍によってハイチから連れ出された。一度目はワシントンにいることになったけど、今は南アフリカにいる。そこでこの6年間過ごしてきたんだ。

そして、このワシントンによって引き起こされた政治的地震に、米国が望んだ政策という経済的地震が加わった。

アリスティドは根っからのナショナリストで自給自足的国家の建設を目指していましたけど、ワシントンには都合が悪かった。彼らは9つの主要な公営企業を民営化し、米国や海外の投資家に売り飛ばしたかった。

それで12年前、最初のルネ・プレヴァル政権によって国の製粉会社Minoterie d’Haitiとセメント会社Ciment d’Haitiが民営化された。

いま、ご覧のとおり、小麦がなくて人々は飢えている。もし国がしっかりとした製粉工場を持っていて小麦粉を人々に配れれば、みんなはパンを食べられたはずだ。

この製粉工場はヘンリー・キッシンジャーが重役を勤める会社に売却された。そしてすぐに工場は閉鎖された。ハイチにはもう製粉工場はひとつもない。公営のも民営のも。

グッドマン:じゃあ、小麦粉はどうするのです?ここは西半球で最も貧しい国ですよ。

アイヴス:輸入するしかない。その多くは米国から来る。

もうひとつの、そしてさらに皮肉な例は、エイミー、セメント工場だよ。この国の地質はほとんどは石灰、つまりセメントの原料だ。

この国は自前のセメント工場を持てるし、またそうすべきで、また実際にセメント工場を所有していた。しかしこれまた民営化され、すぐに閉鎖された。そしてこのセメント工場の波止場をセメントを輸入するために使いだした。

国内を車で回ると、何千という、ペチャンコになったり崩れ落ちたコンクリートの建物を見るけど、この国はこれから何百万トンというセメントが必要になる

そのセメントは、自前で製産できないから全部輸入しなくちゃならない。この国はセメントの輸入国じゃなくて輸出国になるべきだし、そうなれるのに。

グッドマン:Haiti Liberté紙のキム・アイヴスとお送りしています。
Haiti Liberté紙は地震後に最新号を出したばかりです。

セメント会社と小麦粉会社の民営化について話してくれましたが、いま、もっとも辛い問題、特に海外にいるハイチ人で、愛する人々が祖国にいる人にとっては、その人たちが生きているかどうか知る手立てがないということだと思います。

その人たちと連絡を取る方法がないのです。

アイヴス:そう、その通り。

グッドマン:電話会社について話してもらえますか?

アイヴス:テレコはハイチ国営の優良企業だった。実際、91年から94年の最初のクーデターの間、アリスティド大統領の亡命政府を支えたのはテレコからの収入だった。

いま、見ての通りだけど、この地震の一週間前にこのテレコは民営化された。ベトナム企業、Viettelに売却されたんだ。

もしこの国に強固で迅速機敏な国営電話会社があれば、通信に関する問題の多くは避けることができたはず。
代わりに今日、すべての通信事業は3つの民間携帯電話会社、Digicel, Voila そして Haitelに握られている。

グッドマン:だけど、一週間前に売られたのも、結局前の持ち主のおかげで企業が弱体化したからじゃないか、と思う人がいるかもしれません。

アイヴス:そこだよ、実はこれは典型的なケースなんだ。

実際に、ルネ・プレヴェルとその首相たちが率いるハイチ政府が、会社を弱体化させ破壊した。

僕たちは何年にも渡って訴えてきた。13年前、私たちは労働組合員と話にいったことを覚えている。民営化との戦いはそんなにも長い間続いていたんだ。

僕たちは電話会社テレコでジャン・マボーという組合員リーダーと話したんだけど、彼は私たちを、新しい、本当に真新しい最新の通信設備やボードなどでいっぱいの部屋に連れて行ってくれた。

そこで彼から聞いたのは「私たちはこれをもらったけど、インストールさせてくれないんだよ。彼らはわざと国営企業の能率を落とそうとしているのさ。売却するためにね。」という話だった。

鶏小屋の番を狐にさせているような、皮肉な話だ。
人々はこうやって自分たちの国営企業のオーナーシップを奪われたんだ。

グッドマン:キム、悲しいことですが、地球規模の災害が起こるところに世界の目が行きます。そして今はそれがハイチで起こっているのです。

1991年に始まる反アリスティドの二つのクーデターについて話してくれましたが、1804年まで遡って、ハイチの歴史をかいつまんで説明してくれませんか?

アイヴス:いいよ、かいつまんで・・
1804年、歴史上最初で最後の奴隷革命が起こり、世界で最初の黒人共和国、ラテンアメリカ最初の独立国が誕生し、他のすべての革命の見本になった。

60年後、南北戦争後のアブラハム・リンカーン政権によって、この国はやっと正式に認知された。

そして1915年、米国海兵隊が国を侵略し、銀行や政府をコントロールした。彼らは9年間、1934年まで居座った。

その後、彼らはGarde d’Haiti、ハイチ防衛隊というグループを作った。このグループはハイチで米国の利益を擁護する代理人の役割を果たした。

そしてとうとう、1957年にフランシス“パパ・ドク”デュヴァリエ独裁政権を誕生させた。
彼は終生大統領になり、1971年に亡くなるときにその地位を息子のジャン・クロード・デュヴァリエに継がせた。

グッドマン:そこでの米国の役割は?

アイヴス:米国は地政学的理由から、基本的にこの政権をずっと支援していた。

ハイチは東側からの脅威、隣国キューバから押し寄せるいわゆる「共産主義」への重要な防波堤だった。

だから、民衆にはまったく人気のなかったデュヴァリエ父子が米国から軍事援助や経済協力をもらって政権を維持できたんだ。

グッドマン:泥棒政治、独裁者は豊かになり、人々はより貧しくなったということですか?

アイヴス:まさにその通り。

1986年、米国はこのやり方があまりにも多くのチェ・ゲバラ、あまりにも多くの革命をラテンアメリカで生み出していることに気づき始めた。

そして一見民主的に見える選挙でリーダーを選ばせる方法に切り替えたんだ。しかし、実際は汚職選挙だった。

ハイチは、この米国主導の選挙シナリオを、貧しい教区司祭、ジャン・ベルトランド・アリスティドを大統領に選ぶことで覆したラテンアメリカ最初の国だ。

1991年2月7日の就任式で、彼はハイチの第二の独立を宣言した。

ハイチは米国とフランスの帝国支配から独立しようとしていたんだ。そして8ヶ月後、米国はクーデターという形で素早くそれに答えた。

アリスティドは亡命し、再び、24年間続くワシントンとパリを震源地とする地震が始まったのです。

グッドマン:これがアリスティドへの最初のクーデターです。彼は3年間、亡命生活を送りました。クーデターはジョージ・H.W.ブッシュの元で起こりましたが、クリントン大統領になっても続きました。

ところで、アリスティド大統領が最初に政権についたときの主な政策のひとつは最低賃金の上昇でした。

2004年に彼が二回目に選ばれて、即座に米軍と治安部隊に国外に連れ去られたときのことは「デモクラシー・ナウ!」の視聴者はよく覚えているかもしれません。

私は、アリスティド大統領とミルドレッド・アリスティドが置き去りにされ、基本的に拘束されていた中央アフリカ共和国への代表に随行しました。

そしてロサンジェルス選出の下院議員マキシン・ウォーターズと、トランスアフリカの創設者ランドル・ロビンソンと共に、私は、彼らが中央アフリカに行き、アイリスティド一行をこちら半球のジャマイカに連れ戻す様子を中継しました。

最終的に彼らは南アフリカにやられ、今日までそこにいます。彼らはこの国に帰ってくることができませんでした。米国当局から途方もない圧力がかけられたのです。

彼がこっち側の半球に戻ることはないだろうと言ったのは当時の国務長官コリン・パウエル、そしてコンドリーサ・ライスです。

そしていま、亡命の地南アフリカで、アリスティド大統領は記者会見を開きました。彼は帰国したいという声明を発表しています。

私はここハイチでたくさんの人にこの質問をしました。

ワシントンではオバマ大統領は即座にクリントン、ジョージ・W・ブッシュ両元大統領をハイチの人々を助ける資金集めの責任者に任命しました。三人の大統領が、これは党派の問題ではない、と言って共同戦線を組んでいます。

そこへもってハイチへのアリスティド帰国問題です。

つまり、米国は空港をコントロールしている。プレヴァル首相は米国に空港の管制権を渡してしまった。しかしアリスティドは帰国を希望している。

こういうことは考えられないでしょうか?

プレヴァル首相の資質はまあ、置いておいて、首相、アリスティド政権の前首相、というより両方大統領ですよね、彼らが互いに協力して、今は政治が問題ではない、私たちは国を再建しなくてはいけないのだと宣言するというのは?

アイヴス:うん、まさにそこなんだ。

僕たちは昨日、総合病院前に行って恐ろしい光景を見たけど、その通りの角で一群の人々と話しあっていた。

そこでまさにその質問が出てきた。

どうしてアリスティド大統領は戻れないの?彼は戻りたいのに。そう言っていたのに。

政府が、彼に外交パスポートを出さないし、期限切れの古いパスポートの更新も認めないんだ。それさえあれば帰れるのに。

もしバラク・オバマにしろ他の政府にしろ、本当に支援をしたかったら、ここにあるすべてのC-130以上のものがある。

C-130は食料や医薬品だけでなくて、銃も、それもたくさん下ろしているけどね。

南アフリカに飛行機を送ってアリスティドを連れてくればいい。
国民の間に熱狂的な高揚が巻き起こるのは請け合いだ。

嵐を乗り越えるためにはモラルのバランスを長期にわたって回復させるのが必要で、そのためには地震を吹き飛ばすほどの民衆の希望、プライド、勝利、これらが必要なんだ。

グッドマン:キム・アイヴス、インタビューへの協力ありがとうございます。

最後の質問ですが、この国の民衆組織についてです。誰が力を持ってますか?人々の中に混乱はないですか?

援助が届かない理由として治安の問題が繰り返し繰り返し説明として使われるのですが、私たちは空港にいますが、ここにはたくさんの援助物資が山積みになっています。

そして各コミュニティに運ばれていくんですが、なぜ国連は、たとえば震源地のLéogâneには、安全が確保されるまで行かないというのでしょうか。

アイヴス:君も言ってたように、エイミー、それこそが問題の核心だ。

治安は問題になってない。

僕たちはハイチ中で、人々自身が民衆委員会を作り、瓦礫を片付け、死体を掘り出し、難民キャンプを作り、そこで自分たちの治安を作り出しているのを見ている。

この人たちは自分たちで必要なものは作り出せる人たちなんだ。ずっと何年も自分たちで治安を守ってきたんだから。

大勢の海兵隊がでっかいM-16でやってきて、まったく見当違いに人々に怒鳴っている。

昨日総合病院前で見た光景がすべてを物語っているよ。

人々は病院にいる家族や友人に食べ物を届けるためや、治療のために出たり入ったりしていた。そこに一群の海兵隊―米国第82空挺部隊の兵士がやってきて人々に英語で怒鳴り始める。

彼らは自分たちが何をしているかわからないんだ。
彼らは混乱を鎮めるどころか余計に作り出している。これほど悲劇的状況じゃないなら喜劇で済むんだけど。

彼らはここでは何の役にも立たない。確かに、武装した追いはぎ(そんなのは一人も見てないけど)大勢で襲ってくるようなところなら、ああいう部隊を引き連れてくる必要があるかもしれない。

でもいま、人々には銃は要らない。医者の一人が言っていたと思うけど、人々に必要なのはガーゼだ。

結局、カタリナ台風の後と同じ反応だね。同じだよ。

犠牲者は怖い存在なんだ。彼らは自分たちとは違う。

彼らは、唯一成功した奴隷革命の歴史を持つ黒人なんだ。それ以上に怖いものがあるかい?

グッドマン:コミュニティの草の根組織は機能していますか?

アイヴス:ああ、コミュニティグループね。

僕たちが泊まっているマテュー25でも見たと思うけど、食料を積んだトラックが夜中になんの連絡もなしに突然来た。大混乱が起こってもおかしくなかった。

地元の民衆組織、Pity Drop(ママ)に連絡が行った。

彼らはすぐにメンバーに招集をかけてやってきた。まずぐるいを取り囲んで交通を遮断した。それから家の裏にあるサッカー場で寝泊りしていた600人を整列させた。その場所は病院も兼ねていた。それから食料を順々に、公平に配っていた。完璧なやり方だった。

彼らに海兵隊はいらないんだよ。彼らには国連もいらない。

報道機関やヒラリークリントンや外国の大臣が「彼らにはこれが必要です」と僕たちに言ってるものなんて、彼らはなにも要らないんだ。人々は自分たちでそんなことできるし、実際にやっている。

グッドマン:キム・アイヴス、どうもありがとう。キム・アイヴスはHaiti Liberté紙に寄稿しています。
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